六甲八幡神社
ろっこうやはたじんじゃ

旧社格 村社
所在地
兵庫県神戸市灘区八幡町3-6-5

御祭神 主祭神 八幡大神 (やはたのおおかみ)
天照大神 (あまてらすおおみかみ)
春日大神 (かすがのおおかみ)
摂社祭神 厄神宮
末社祭神 金比羅宮
稲荷宮
庚申社
由 緒
 創祀の由来については諸説があるが、社伝によれば、平清盛が福原に遷都した治承4年(1180)、京都石清水八幡宮を勧請したことに始まるという。
 『太平記』元弘3年(1333)摩耶城合戦の条に「八幡林」の名があるのは、当社の森のことである。戦国時代は荒廃していたが、天正年間(1573~)に林播磨が修築し、その孫林清兵衛が寛政7年(1795)本殿などを改築した。さらに領主の石河氏が奈良の春日大社の旧社殿を移して、社殿を造営したのが現在の建物であるという。また、厄神宮本殿は県重要文化財に指定されている。斗きょう部、蛙股並びに妻組等、細部手法もその頃の技風を存する。向拝柱間を1間として、3間社の通則を破って広く構えた平面意匠は、この種建築の平面形の変遷を知る好い遺例である。阪神淡路大震災(1995)で全壊したが、現在は彩色も鮮やかに復興されている。
    -兵庫県神社庁より-


鳥居と参道

JR六甲道駅からの参道です
阪急六甲駅の南側に社殿があり、参拝だけだと阪急が便利です。
JR六甲道駅の西側から北に真直ぐの道が参道に続いています。

拝殿前の境内

拝殿

本殿

厄神宮本殿

県指定重要文化財(指定昭和五十年)
安土桃山時代に建てられた、三間社流造りの社殿です。本殿と拝殿が密着しているので、東側面に廻らないと殿舎は見られません。社伝によると、兵乱で荒廃した社殿を、天正の末(1592年)林播磨と村人が協力して再建したとあり、社内の銘板には、天正廿年七月廿五日、八幡大菩薩、天照皇大神、春日大明神が列記され、合祀されていることがわかります。建物は、中世より近世への過渡期の手法を示し、平面意匠にも、それまでの通則を破った所もみられ、学問上貴重な遺構とされています。奈良の春日神社の社殿を移築するまではこの社が八幡社の本殿でした。(神戸市教育委員会)     -境内案内板より-

金比羅宮

庚申社

境内社の稲荷宮

境内社の稲荷宮
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