長弓寺
ちょうきゅうじ

真弓山 長弓寺
真言律宗
所在地
奈良県生駒市上町

御本尊 木造十一面観音(国指定重要文化財・平安後期)
由 緒
上の集落から富雄川沿いに北上した東の山懐にある。真弓山と号し、真言律宗。本尊は木造十一面観音(国指定重要文化財、平安後期)。創建については諸説がある。寺蔵の「長弓寺縁起」には、天平年中(729-749)聖武天皇の勅願により行基の開創とあるが、他の説には天平年中聖武天皇が橘諸兄に詔して建立、行基が開基したという。一説には藤原良嗣が天平年中に添下郡鳥見山にきて狩猟を行っていた時、心中に大悲観音の霊験を得て、ここに堂塔を建立し、壇弓をもって十一面観音像をつくり、さらに長谷観音(現奈良県桜井市)の御衣木の余材で等身の観音像を造立して安置したと伝える。
叡尊の「感身学正記」公安五年(1282)10月28日条には「於北大和寺堂塔供養各供養法(略作法)」と記し、別名を北大和寺とも称したらしく、弘安二年上棟の本堂は、同五年に叡尊によって落慶供養されたとみられる。前掲縁起に「人皇第九十代後宇多院忝賜勅宣、令俵口氏鵜山氏和田氏下司氏(四性苗裔至今為当寺沙汰人也)修営概畢」とあるのは、弘安二年の再興のことを述べたものであろう。
中世、寺領は七〇〇石であったが、天正五年(1577)織田信長が没収したという。境内は東西六町・南北四町を占めたという。堂塔は本堂をはじめ、三重塔・大鳥居・護摩堂・鐘楼・牛頭天皇社・八王子宮などがあり、坊舎も西副院・真言院・宝光院・法華院・円生院(後の三院は現存)など二十を数えた。寺の年中行事には修正会・修二会・常楽会・如法経会、若宮祭礼(八月十七日)、大宮祭礼(九月十一日)などがあった。なお当寺ではこれらの法会が神仏合体によって多く営まれており、神職者は寺僧の中の第一﨟がその任に当たっていた。
【堂宇・文化財】
現在、境内には本堂・観音堂・牛頭天皇社・塔頭四坊などが並んでいる。本堂は桁行五間・梁間六間、入母屋造・檜皮葺。棟木に墨書があり、弘安二年の建立であることが知られる。細部は和様主体に大仏様・唐様を混じえ、調和のとれた美しさを見せる。鎌倉中期の典型として貴重な遺構であり、国宝。堂内の黒漆厨子(鎌倉中期)は国指定重要文化財。本堂内には本尊をはじめ釈迦・阿弥陀像を安置する。塔頭の宝光院の地蔵菩薩立像は正和四年(1315)仏師康俊・康成の作で県指定文化財。また平安時代から鎌倉時代にかけての大般若経六〇〇巻がある。三重塔は東京の芝高輪プリンスホテルに移されている。
     -寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-


大門横の境内案内板
入口
長弓寺の入口

富雄川沿いの県道7号線に面した真弓橋東詰交差点の東側に参道が続きます。

大門の手前の参道

大門

蓮池と薬師院


檜皮葺の薬師院会館
参道の階段
薬師院への階段
案内看板
案内看板
本堂
本堂(国宝)
本堂
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