佐太神社
さだじんじゃ

旧社格 国幣小社・式内小社
所在地
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73

御祭神 主祭神 佐太大神 (さだおおかみ) 正殿
伊弉諸尊 (いざなぎのみこと)
伊弉再尊 (いざなみのみこと)
速玉男命 (はやたまおのみこと)
事解男命 (ことさかおのみこと)
天照大神 (あまてらすおおかみ) 北殿
瓊々杵尊 (ににぎのみこと)
素盞鳴尊 (すさのおのみこと) 南殿
秘説四柱の神
摂社祭神 磐長姫命 (いわながひめのみこと) 田中神社(東社)
木花開耶姫命 (このはなさくやひめのみこと) 田中神社(西社)
末社祭神 早人神 (はやとしん) 早人社
伊弉冉尊 (いざなみのみこと) 母儀人基社
天忍日命 (あめのおしひのみこと) 隋神社(南社)
大来目命 (おおくめのみこと) 隋神社(北社)
大己貴命 (おおなむちのみこと) 山王社(北末社)
天児屋根命 (あめのこやねのみこと) 宇智社(北末社)
玉屋命 (たまやのみこと) 玉御前社(北末社)
稲倉魂命 (うかのみたまのみこと) 竹生島社(北末社)
手力雄命 (たじからおのみこと) 戸立社(南末社)
天鈿女命 (あめのうづめのみこと) 振鉾社(南末社)
岡象女命 (みづはめのみこと) 垂水社(南末社)
菅原道真 (すがわらみちざね) 天神社(南末社)
由 緒
御紳徳・沿革
 当社は出雲国風土記に、佐太大神社(さだおおかみしゃ)或は佐太御子社(さだみこしゃ)とあり、三笠山を背に広壮な大社造の本殿が相並んで御鎮座になっているので佐太三社とも称され、延喜式には佐陀大社(さだたいしゃ)と記され、出雲二宮と仰がれて来た御社である。
 主祭神 佐太大神(猿田毘古大神)は、日本海に面する加賀の潜戸(くけど)に御誕生になり、出雲四大神の一柱として崇められ、古くから導きの神・道開きの神・服の神・長寿の神・陸海交通守護神・鎮守の神として信仰されてきた。
 御本殿は三殿並立で、中央が正中殿(せいちゅうでん)、向かって右が北殿(ほくでん)、左が南殿(なんでん)、いずれも大社造で、この様な豪壮な三殿構えは平安時代末期に成立したようであり、他に類例を見ないもので、神社建築史の上で特筆すべきものである。現在の御社殿は文化四年の造営であるが、その様式は古く元亀年間の造営を踏襲してきたもののようである。国の重要有形文化財に指定されている。

神在祭(じんざいさい)
 十月を一般には神無月(かんなづき)というが、出雲国だけは神有月(かみありづき)と云っている。社伝によると、正中殿の御祭神伊弉冉尊の神去りました旧暦十月に八百万の神々が当社に参集されるので、幟も立てず、神楽もあげぬ厳粛な物忌を行うところからお忌祭ともいう。この祭りには神迎神事(かみむかえしんじ)、連注口神事(しめくちしんじ)、神去出神事(からさでしんじ)、船出神事(ふなでしんじ)、止神送神事(しわがみおくりしんじ)、柴刺神事(しばさししんじ)、宿借神事(やどかりしんじ)等があるので、古来当社を「神有の社」とも云っている。

佐陀紳能(さだしんのう)
 御座替祭(ござがえさい)・例祭に執行する神事芸能で、その起こりは極めて古いものとされ、出雲流神楽の源流と言われている。剣舞(けんまい)・散供(さんぐう)・清目(きよめ)・御座(ござ)・勧請(かんじょう)・手草(たぐさ)・八乙女(やおとめ)の七座よりなる採物舞(とりものまい)と祝言としての式三番、そして大社(おおやしろ)佐陀・真切女(まきりめ)・日本武(やまとだけ)・恵比須(えびす)・八幡(やわた)・武甕槌(たけみかづち)・磐戸(いわと)・三韓(さんかん)・荒神(こうじん)・住吉(すみよし)・厳島(いつくしま)の十二座よりなる神事舞からなっている。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
     -境内の由緒版より-


神社全景

佐太前遺跡

神社周辺は弥生時代の中心的な集落があったようです。

正面からの景観

狛犬

三棟並立の本殿

拝殿なのか

正殿からは、ずれた位置でこれにも意味があると思うがわかりません。

社殿

横からの社殿


髄神門

髄神門の内部

南側の境内社

戸立社
振鉾社
垂水社
天神社

北側の境内社

山王社
宇智社
玉御前社
竹生島社

手水舎
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