河俣神社
かわまたじんじゃ

高市御県坐鴨事代主神社
たけちのみあがたにいますかものことしろぬしじんじゃ

旧社格 指定村社・式内大社
所在地
奈良県橿原市雲梯町689

御祭神 鴨八重事代主神 (かもやえことしろぬしのかみ)
由 緒
『延喜式』神名帳登載の式内大社を、同じ式内大社の川俣神社と類似の社名で呼ばれる雲梯字宮ノ脇689鎮座の川股神社に比定する説が有力である。今川股神社と呼ぶ社は近鉄南大阪線坊城駅の北東約1.3キロメートルの位置で、祭神は鴨八重事代主神。住吉大社(摂津)から畝傍山の埴土取りにくる『埴使神事』の神官がこの社で装束を整える風習から古来装束の宮とも呼ばれている。
『延喜式』神名帳高市郡五十四座中筆頭に登載されているが、『出雲国造神賀詞』に大穴持命の子神阿遅須伎高孫根命を葛城に、事代主命を宇奈提に、加夜奈流美命を飛鳥へとそれぞれ神奈備において天皇の守護神としたとあるがこの三神は共に大穴持命の同族紳である。創建年代は明らかでないが、『日本書紀』天武天皇元年(672)壬申の乱に、高市郡大領高市県主許梅が神がかりして『吾は高市社に居る、名は事代主神なり』と神が予言したことが的中して戦勝したとある。戦勝後天皇は高市社に許梅を遣わして幣を奉らしめ、品位を奉授したというが高市社とは当社だとの説は正しいと思うし、この頃概に当社が世に知られていたことがわかる。
『万葉集』に『真鳥住む卯名手の神社の菅の根を 衣にかきつけ着せむ子もがも』(巻七1344)『思はぬを思ふといはば真鳥住む 卯名手の社の神し知らさむ』(巻十二3100)と詠まれている。『三代実録』の貞観元年(869)正月二十七日従二位の高市御県鴨八重事代主神が従一位に昇叙されている。なお同じ項に川股神に従五位上昇叙と出ているのは、当社西南300メートルの初穂寺に鎮座して式内川俣神社三座(並大。次新嘗)に比定されている木葉神社のことである。当社の例祭は十月十七日。
     -奈良県史(神社)より-


神社入口

曽我川右岸の土手沿いに鎮座。参道が土手沿いに続いている。

木葉神社(川俣神社)前からの神社全景

三の鳥居

奥に拝殿が見えます。

拝殿

奉納絵馬

瑞垣内の社殿

 拝殿の格子越しの社殿

河川改修による神社移築の石碑 昭和44年10月とある。


万葉歌碑

「思はぬを思ふといはば真鳥住む卯名手の社の 神し知らさむ」

天神宮の石燈籠

天神宮と呼ばれていたようです。
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