石光寺
せっこうじ

慈雲山普照律院
浄土宗
所在地
奈良県葛城市染野367

御本尊 弥勒菩薩坐像
由 緒
染野集落北西に所在。古くは三輪宗で、中世には真言宗であったという。本堂は宝形造瓦葺、本尊弥勒菩薩坐像をはじめ釈迦如来坐像(インド仏と伝えられる鋳像)・中将姫坐像・役行者像・千体仏・船乗観音像を安置。常行堂(阿弥陀堂)は寄棟造瓦葺、内陣に本尊阿弥陀如来坐像のほか地蔵菩薩立像・法然坐像・聖阿坐像などを祀る。ほかに庫裏・客殿・鐘楼・染井堂などがある。宝物には当麻曼荼羅の系統の観経曼荼羅一張、刺繍の來迎三尊像(鎌倉初期)、当麻曼荼羅縁起(鎌倉時代)がある。「元亨釈書」巻二十八の当麻寺の記述に中将姫が藕糸を染めたという井戸について、『染井側有精舎、昔天智帝時、其地夜夜有光、帝使使見之、三大石形似仏像、天使復奏、勅刻三石作弥勒三尊像、其上架殿庇之、俗以近染井号染寺、役小角殿前栽一桜樹日、仏法沮桜樹枯、自爾以来、旧枝漸朽、新梢荑秀、枝葉鬱茂、花果鮮麗、見今存篤』 とあり、寺蔵の当麻曼荼羅縁起もこの井を『件井従此寺。当麻寺北過五十六町有野中有古寺昔天智天皇御宇彼野辺毎夜有光明ト此霊地堀井』と記している。これらによれば石光寺は天智天皇の時代に光を放つ石があったので、それに弥勒菩薩を彫刻し、これを本尊として創建されたという。また、染井が近くにあることから染寺と呼ばれたという。その後の沿革は明らかではないが、「大和国宝帖」に本堂などは元弘三年(1333)に再建したという。今の建物は文化年中(1804-18)に中興聖阿によって建てられたもの。
     -寺院神社大辞典より-


染井堂

中将姫伝説の中心
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