葛木神社
かつらぎじんじゃ

旧社格 指定村社
所在地
奈良県御所市高天476

御祭神 主祭神 一言主命 (ひとことぬしのみこと)
配 祀 大山祇命 (おおやまつみのみこと)
豊宇気比売命 (とようきひめのみこと)
玉依比賣命 (たまよりひめのみこと)
健角身命 (たけつぬみのみこと)
素戔嗚命 (すさのうのみこと)
大国主命 (おおくにぬしのみこと)
少彦名命 (すくなひこなのみこと)
建御名方刀美命 (たけみなかたとみのみこと)
後醍醐天皇 (ごだいごてんのう)
護良親王 (もりよししんのう)
楠正成 (くすのきまさしげ)
楠正行 (くすのきまさゆき)
末社祭神 伊邪那岐命 (いざなぎのみこと) 磤馭蘆嶋神社
伊邪那美命 (いざなみのみこと)
素戔嗚命 (すさのおのみこと) 須賀神社
祓戸神 (はらえどのかみ)
大国主命 (おおくにぬしのみこと) 福石神社
雄略天皇 (ゆうりゃくてんのう) 矢刺神社
由 緒
金剛山頂の南腹に鎮座する旧指定村社で、創祀は明らかでないが、かってこの山の山麓地帯一円に住んだ古代人の神奈備山として、神霊の籠る山として拝んだことに始まるのではないか。『葛城家系譜略』に山王権現とも称し、弘和元年(1381)再興、文明四年(1472)焼亡、翌五年再建とある。
一言主神は古く『記』『紀』『続紀』にもみえる古代葛木山(今の金剛・葛城山一円の山)の地主神としてこの山の山腹や山麓所在の諸式内社にも鎮座の神である。社前の手水舎の石舟に「平野法仙 天文廿二年五月六日金剛山法起堂」との刻銘がある。法起堂とは葛城修験の根本霊ので当社のすぐ下方にあった転法輪寺の本尊法起菩薩を祀る堂のことである。
例祭は役行者の忌日とされる旧暦六月七日であったが、現在は七月七日である。当日は午前中に当社の一言主大神をまつり、午後は転法輪寺で蓮華法要を行う。貝原益軒の『南遊紀行』に「大和河内の農夫此神を尊崇し社の下の土を少しばかり取りかえり、我が田に入れれば、稲はよく実りて虫くわずとて、参詣の人多し」と記している。所蔵する景光作の太刀は県指定の重要文化財。
     -奈良県史(神社)より-


一の鳥居

矢刺神社

参道からの分岐道

矢刺神社

参道から見たところ

二の鳥居

階段を上りいよいよ参拝です。

拝殿からの本殿

桜と社殿

正面からの拝殿

社殿

宝剣塔

参道

光雲禅寺からの参道
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