熊野神社
くまのじんじゃ

旧社格 指定村社
吉祥草寺の鎮守社
所在地
奈良県御所市茅原中之坊287

御祭神 主祭神 伊邪那美命 (いざなみのみこと)
速玉男命 (はやたまおのみこと)
大事忍男命 (おおごとおしおのみこと)
末社祭神 訶恵志泥命 (かえしねのみこと) 孝昭神社
由緒
茅原集落の吉祥寺東に接して鎮座する旧指定村社である。祭神伊邪那美命・速玉男命・大事忍男命。
境内に伝承役行者うぶ湯の井戸・おいかけ杉・腰掛石などがあり、役行者ゆかりの伝承地である。もと吉祥草寺の鎮守として創始されたのでないかと考えられる。
宮講は古来土着の家でのみ組織、座筋縁故以外の家の加入はできなかった。享保四年(1719)の講員は二十三戸であった。毎年旧十月二十八日に当屋で座祭りが行われて当屋渡しをする。受当屋で北垣内の人は今井川で、南垣内の人は菰の樋川で斎戒沐浴、身心の清浄を祈って水垢離をとるが、旧十一月七日まで毎日払暁前を期して実施。帰途神社に参拝後、当屋の床の間に祀られた御仮宮に礼拝する古風で、座祭当日は強い飯など称する風習があったという。
    -奈良県史(神社)より-

神社入口
神社入口

吉祥草寺の山門右側です
社殿全体
社殿全景

吉祥草寺の境内から
参道からの社殿
鳥居と拝殿
拝殿内の神輿
神輿

拝殿内に置かれている
社殿
本殿
本殿
本殿

境内社
孝昭神社

本殿の左側に鎮座
産湯の井戸
役行者産湯の井戸

伝承には役行者誕生の時、大峯八大童子の一紳、香精童子が現れ、「大峯の霊水を汲みて潅浴す。その水、地に滴りて井戸となる。」と伝えています。
誕生の時の泣き声は「人々を救うため天から遣わされてきたのだ」と言っているように聞こえたそうです。
―立札より-
腰掛け石
役行者腰掛けの石

今より1300有余年前役行者は日頃、金剛・葛城の峰々や大峰山で捨て身の修行に励み、生地茅原の里に帰っては、この石に腰掛けて精神修行をされた有り難い石なり。皆様もこの石に坐し、役行者の精神と御徳をいだかれます事を心よりお祈りいたします。
―立札より-
辦財天
福祐辦財天

江戸初期、天河大辦財天社より御霊を勧請した辦財天紳。学芸・美容・財運に霊験あり。「真言」オン・ソラソバティ・エイ・ソワカ
―立札より-
吉祥草寺の山門
吉祥草寺の山門
(二天門)

茅原山 吉祥草寺
 当、茅原山吉祥草寺は、修験道の開祖「役行者神変大菩薩御誕生(634年)の霊地にして、第三十四代舒明天皇の創建、役小角の開基なり。」(続日本紀・大和図会などに詳しい)
 当時、東西四キロ 南北五キロの境内には、本寺末寺四十九院を整え、茅原山金剛寿院吉祥草寺と勅称され、歴代天皇の祈願所として隆盛を極めたが670年・1349年の二度にわたり諸堂を消失した。
 現存の本堂は1396年に再建されたものであり、現在諸堂に安置される像は、これらの難をのがれた仏たちで、本堂には、本尊五大明王・祖師堂には、役行者自作の三十二歳像と行者の母君(白専女)像、観音堂には、母君本地の先手観音が安置される。
本堂
改修された本堂
立像立像
二天門の像

持国天像(左側)
増長天像(右側)
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