御歳神社
みとせじんじゃ

旧社格 郷社・式内名神大社
所在地
奈良県御所市東持田字御歳山

御祭神 主祭神 御歳神 (みとしのかみ)
相祭神 大年神 (おおとしのかみ)
高照姫命 (たかてるひめのみこと)
摂社祭神 味鉏高彦根命 (あじすきたかひこねのみこと) 味鉏高彦根神社
一言主命 (ひとことぬしのみこと) 一言主神社
高皇産霊命 (たかみむすびのみこと) 高皇産霊社
神皇産霊命 (かみむすびのみこと) 神皇産霊社
天照皇大神 (あまてらすすめらおおかみ) 天照皇大神社
天稚彦命 (あめのわかひこのみこと) 天稚彦神社
事代主命 (ことしろぬしのみこと) 事代主神社
稚日女神 (わかひめのかみ) 稚日女神社
由 緒
本社は葛城の地で奉斉した、三社の一つで俗に中鴨社ともいう。
稲の神として古来から名高く、朝廷で行われた年頭の祈年祭には、本社の御祭神を中心にして、豊作祈願がなされた。
そのため、仁寿二年(八五二)には大和国で本社だけが最高の正二位の神位を授かる程篤く尊崇され後に従一位に昇格され延喜の制では名神大社に列した。御歳神社 大年神社の総社である。
一九九四年(平成六年)五月更新
贈  御所ライオンズクラブ
     -境内の案内板より-

東持田東部、御歳山に鎮座。旧郷社。「艶五色」神名帳葛上郡の「葛木御歳神社(名神大、月次新嘗)」にあたるとされ、現御所市鎮座の高鴨社(高鴨神社)・下鴨社(鴨都波神社)に対して中鴨社とよばれる。平治元年(1159)九月二日の大和国目代下知状案(東大寺文書)には「大三歳社」と記す。祭神は御歳神・大歳神・高照姫命で、「先代旧事本紀」に「高照光姫大神命(坐倭国葛上郡御歳神社)」とある。また「大神分身類社鈔」に「長柄比売神社一座、大和国葛上郡、曰御歳神社、高照光姫命」とみえる。御歳神は大歳神の子で、須佐之男命の孫にあたり(古事記)、穀物をつかさどる神とされる。「古語拾遺」によると、大地主神が田を営むにあたって、牛の肉を農民に食べさせたのを御歳神が怒り、蝗を田に放って苗を枯らしたので、白猪・白馬・白鶏を献じて祟りを解いたという。この説話にあるように、祈年祭にはこの神に白馬・白猪・白鶏各一が加えられた(延喜式)。
天平神護元年(765)には大和に三戸、讃岐に10戸の神戸が充てられ(新抄格勅符抄)、仁寿二年(852)四月二四日に従二位、同年10月二日に正二位(文徳実録)、天安三年(859)一月二七日には従一位に昇叙、貞観十二年(870)七月二十二日には河内国の堤防工事に際し、河内国の水源が大和国であることをもって、洪水の難を避けるためにと奉幣されている(三代実録)。なお「延喜式」神名帳には高市郡にも『御歳神社(鍬靫)」を載せる。『新撰姓氏禄』未定雑性大和国によれば、三歳神の紳官職をつとめた三歳祝は、大物主神五世の孫意富太多根子命の子孫であったが、「三代実録」貞観八年二月十三日条によると、当社には古く神主がいなかったので新たに置いたところ、祟りをなしたため停止したという。後世、東持田・小殿・佐田・下茶屋(現御所市)など近隣諸村が祭祀にあずかり(大和志)、旧正月九日には御田植祭が行われる。
     -寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-


一の鳥居

新しい鳥居が立っていました 中鴨神社の別名を持つ古代からの鴨族の中心的な神社 宮中で行われる年頭の祈年祭には、稲作の豊作を願って御歳神くを祭っていた。神社の中でも最高位の神格を授けていた。

参道からの眺め

後光さす拝殿

拝殿横の境内社


由緒書

境内に立っています。

拝殿と本殿

拝殿と本殿
拝殿と本殿
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