諸鍬神社
もろくわじんじゃ

旧社格 指定村社
所在地
奈良県葛城市弁之庄119

御祭神 主祭神 品陀和気命 (ほんだわけのみこと)
玉依比賣命 (たまよりひめのみこと)
息長帯比売命 (おきながたらしひめのみこと)
末社祭神 武内宿禰 外4柱 (たけのうちのすくね) 高良神社
大己貴命 (おおなむちのみこと) 日吉神社
国狭土命 外2柱 (くにのさつちのみこと) 宝栄神社
由緒
集落北方に鎮座の旧指定村社で、品陀和気命・玉依比賣命・息長帯比売命を祀る。
社伝に、領主桑山氏が産土神とする本貫の尾張国海東郡神守城下鎮座の式内諸桑神社を転封の過程で但馬国出石城下や紀伊国和歌山城下に勧請したが、慶応五年(1600)当地へ入部に当り、弁之庄に遷座した。延宝八年(1680)に藩主桑山一尹は当社を北花内の飯青皇女の墓と伝える三方山に遷祀、社名を宇佐の社と称し城隍神とした。「大和志」の宇佐神祠に「在北花内村近隣九村共祭祀」とあり、埴口墓に「飯豊皇女在北花内村天和年中桑山氏毀墓建八幡神祠」とある。江戸時代には六月十五日の夏祭、九月九日秋祭りが営まれてにぎやかであったという。元治元年(1864)戸田大和守による埴口陵修復で、当社殿は取払いとなり、西宮神社境内に仮住まいとなったが、明治五年弁之庄の旧地に帰座、弁之庄・中戸二村の氏神となり現在に到った。
     -奈良県史(神社)より-


道路が整備されて参道がなくなったのか、鳥居だけが神社に向かってたっている。

道路側からの神社入口

鳥居と境内社

境内社(宝栄神社・日吉神社・高良神社)
inserted by FC2 system