志都美神社
しずみじんじゃ

旧社格 指定村社・式内社
所在地
奈良県香芝市今泉592

御祭神 主祭神 誉田別命 (ほんだわけのみこと)
天児屋根命 (あめのこやねのみこと)
中筒男命 (なかつつおのみこと)
末社祭神 瀬織津比売命(せおりつひめのみこと) 祓処神社
宇気持命(うけもちのみこと) 稲荷神社
天照皇大神(あまてらすすめらおおかみ) 天照皇大神社
豊受姫命 外八柱(とようけひめのみこと) 豊受姫神社
由 緒
武烈天皇陵に比定される小丘の南東に鎮座。旧村社。祭神は天児屋根命・誉田別命・底筒男命。俗に清水八幡宮・シズヒメ明神と称し、「延喜式」神名帳葛下郡の「志都美神社」とされる。なお「大和志」は当社の所在を上里村(現香芝市)とする。境内の社叢は県指定天然記念物。享保九年(1724)の和州葛下郡今泉村諸色明細帳写(吉村家文書)に「一、清水三社大明神(春日大明神 八幡大明神 住吉大明神)但し境内清水山除地ニ而御座候、領地者今泉村領内ニ而御座候、五カ村立会之氏神ニ而御座候 清水山社僧、明王院
一、 不動堂 弐間四面 大神宮伏排小宮 ため井・壱間四方 拝殿 (弐間 三間) 鳥居 弐カ所 (石之鳥居壱カ所、木之鳥居壱カ所) 右清水山三社大明神境内之内ニ而御座候」とあり、上里・中筋・今泉・今市・高(現香芝市)の五カ村の氏神で、清水山明王院という真言宗寺院を神宮寺にもっていた。明王院は元禄年間(1688-1704)に盲目の僧が境内の井戸で目を洗って霊験があったので建立したと伝えるが、これは中興で、和州葛下郡上里村諸色明細帳(同書)によれば往古より神社と一体に勤仕され、十一面観音を本尊としていたが、神仏分離により廃寺となった。天文二二年(1553)三月の三条西公条の「吉野詣記」に次のように見える。
しばらくありて片岡清水明王院にいたりて夜をあかしけり。九日、朝に出たちぬるに、明王院のあるじ。あしたの原まで壺をたづさへてきたれり。むかひのみねなどいふみねうちかすみて、まことに名あるところのさまなり。
-寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-


境内案内板


神社全景

参道が長く続いています。

社殿

参道の奥右側

拝殿

本殿

祭具殿
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