高天彦神社
たかまひこじんじゃ

旧社格 指定村社・式内名神大社
所在地
奈良県御所市北窪158

御祭神 主祭神 高皇産霊神 (たかみすびのかみ)
市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)
菅原道真 (すがわらみちざね)
末社祭神 天児屋根命 (あめのこやねのみこと) 春日神社
誉田別命 (ほんだわけのみこと) 八幡神社
菅原道真公 (すがわらみちざねこう) 菅原神社
不詳 三十八柱神社
市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと) 市杵島姫神社
不詳 稲荷神社
不詳 御霊神社
由 緒
天照大神の子の天忍穂耳尊に、本社の御祭神の娘、栲幡千々姫が嫁ぎ、御子の瓊々杵尊が高天原から降臨される。その神話にいう高天原がこの台地である。
御祭神を祖神とした葛城族は、大和朝廷に先行する葛城王朝を築き、亡びた後も平群・巨勢・蘇我の豪族として栄えた。延喜の制では名神大社に列し、月次・相嘗・新嘗には、官幣に預かってきた神社である。
平成二年十二月吉日     御所ライオンズクラブ
-境内案内板より-

金剛山東麓、北窪孫十郎方に鎮座。「延喜式」神名帳葛上郡の「高天彦神社(名神大、月次相嘗新嘗)」に比定。旧村社。高皇産霊神・市杵島姫命・菅原道真を祀る。高天彦神は高皇産霊神の別称で、金剛山別当葛城家の租紳という。古来、背後の白雲峰(694メートル)を神体とし、山嶺を灯明松という。式内高天彦神社は宝亀十年(779)大和国に神戸四戸を当てられ(新抄格勅符抄)、延暦二十五年(806)四月二十六日、井上内親王の願により四時幣帛にあずかり(日本後紀)、天安三年(859)一月二十七日、従二位に叙せられた(三代実録)。「大和志」によると、後世、彦沢権現とも称し、北窪・極楽寺両村の氏神であった。現在は御所市北窪・西北窪・極楽寺・高天の共祭。例祭には現五条市の栄山寺(真言宗豊山派)前の清水を使用して牛の舌餅という小判型の餅を作り、神輿の練行がある。
-寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-

参道入り口
参道入り口

徒歩の方専用の参道
右側に車用の参道が社殿手前の駐車場まであります。
参道
参道

歴史を感じさせる参道です。
参道からの社殿
一の鳥居と社殿

参道から鳥居越しに本殿が見えます
社殿
鳥居からの社殿
狛犬(左) 狛犬(右)
社殿前の狛犬
本殿
本殿

三間社の流造
社殿
社殿

本殿と摂・末社が並んでいます。
春日神社
春日神社(社殿左側)

御祭神 天児屋根命

菅原神社(左側)

八幡神社(右側)

御祭神 誉田別命

三十八柱神社


社殿の右側の末社

左から、稲荷神社・市杵島姫神社・御霊神社


護国神社

鳥居を入って手前右側に鎮座

土蜘蛛塚

本殿の左奥です
土蜘蛛を埋めた跡とされている。
鎮守の森
神社全景


蜘蛛屈

土蜘蛛を埋めたと伝わる
社殿からは少し離れた参道手前の小山にあります。
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