久度神社
くどじんじゃ

旧社格 指定村社・式内社
所在地
奈良県北葛城郡王寺町久度四丁目9-9

御祭神 主祭神 品陀和気命 (ほんだわけのみこと)
天児屋根命 (あめのこやねのみこと)
底筒男命 (そこつつのおのみこと)
久度神 (くどのかみ)
末社祭神 天児屋根命 (あめのこやねのみこと) 春日神社
表筒男命 外二柱 (うわつつおのみこと) 住吉神社
由 緒
当社は続日本紀に延暦二年(西暦783年)官社に列せられたとあり、延喜式神名帳(西暦927年)にも載っている古い社です。また延暦十三年(西暦794年)平安遷都に際し創建された京都市北区の平野神社第二座に当社から遷されて久度神が祀られています。久度神の『久度』は『窖』の意味で御厨神の総称であり『竃<かまど>の神』(伴信友説)といわれています。
久度神社には現在久度神のほか八幡(寿命・幸福の神)、住吉(水運・交通の神)、春日(子孫繁栄の神)の神をおまつりしています。
     -境内の案内板より-

大和川南岸に鎮座。品陀和気命・天児屋根命・底筒男命・久度神を祀る。旧村社。久度神は昭和四十三年(1968)の改築に際し現京都市北区の平野神社より勧請。「延喜式」神名帳平群郡の「久度神社」を、「大和志」は「在王寺久度邑式載平群郡』として葛下郡の当社に比定。式内久度神社は延暦二年(783)十二月十五日、従五位下に叙せられ官社となったが(続日本紀)、以後記録にみえない。久度神は平野神社の祭神にみえ、平安遷都の際、当社から平野社に移したとされ、「延喜式」の平野祭祝詞・久度古関祝詞は酷似している。絹本彩色の春日曼荼羅一福を蔵し、収納箱に「春日講本尊箱 和州廣瀬郡久度郷堀内 文明八稔(丙申)八月日 講衆」の墨書がある。また拝殿前に「奉施入 大和□□(以下不明)厂广元季(戌刁)十二月日」という暦応元年(1338)の磨滅した石灯籠が残る。
     -寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-


表参道

車両通行禁止の冊が邪魔です。

北側の参道

こちらのほうが趣があって参拝しやすい感じです。

境内

拝殿

対岸の三郷町役場付近より本殿の屋根が少し見えている
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