高生神社
たかばねじんじゃ

旧社格 指定村社・国史見在社
所在地
奈良県高市郡高取町清水谷字タカバネ756

御祭神 主祭神 高皇産霊神 (たかみむすびのかみ)
相祭神 倭大物主櫛����玉命 (やまとおおものぬしくしみがたまのみこと)
瀬織津姫命 (せおりつひめのみこと)
末社祭神 神倉稲魂神 (かみうかのみたまのかみ) 宮形神社
菅原道真 (すがわらみちざね) 天満神社
由 緒
清水谷集落東方の高地に鎮座する旧指定村社で、高皇産霊神・瀬織津姫命・大物主櫛甕玉命を祀る国史見在社である。
『三代実録』の貞観九年(867)四月二十三日、正六位上から従五位下に昇叙した大和国高生み神にあてられている。ために当社の創祀は遠く貞観以前まで逆上ることになる。享保十一年(1736)刊の『大和志』に「昔在高取山上天正中遷座清水谷村」と、創建当時は高取山上にあったが天正年中(1573-96)清水谷村の現社地に遷座とあり、遷座の理由は当時の兵乱を避けるためかその外の理由からか明らかでない。『西国三十三所名所図会』の高生神祠の条に「清水谷に主土神二社あり、当社は東の方なり、清水紳祠右村に有り、是西方の主土神にして、例祭九月九日」とある。
 清水谷は清冽な水の湧出する井があることからの地名とみられるが、この井の修祓紳として瀬織津姫命が祀られていたと考えられる。なお大物主櫛甕玉命を祀る天国三輪神社は元尼ヶ谷に鎮座した社で、尼ヶ谷は大宝年中(701-4)刀匠天国が居住して名刀を鍛え、その守護神として三輪大神の分霊を祀ったと伝える。かくて上記三社を合祀する神社が、現在の当社ということになる。
 当社をタカバネさんと称したことは、延宝六年(1678)九月吉日に川島吉衛門奉納の土製狛犬の銘に「高破根御狛犬」とあることでもわかるが、タカバネは高生から転じたものか。当社をさらに天神さんと呼んだというが、祭礼の高皇産霊神からきたこととみられる。
 例祭は今、十月九日。
 宮講には、清水谷より出る古宮講・大講・明神講、尼ヶ谷より出る古宮講・新講があった(『高市郡神社誌』)。
     -奈良県史(神社)より-

参道の階段
神社入口

清水谷集落の東側山麓に鎮座
参道の狛犬 参道の狛犬
参道の狛犬
参道の階段
参道の階段

神社入口から境内まで階段が続いている。
狛犬 狛犬
狛犬
狛犬狛犬
祭壇上の狛犬
社殿
広場の奥に社殿の祭壇

御神木と二社殿が並んでいる。
社殿
社殿

本殿 祭神 高皇産霊神
相殿 祭神 瀬織津姫命
横からの社殿
社殿

手前の御神木に倭大物主櫛����玉命をお祀りしているようです。
境内の広場
境内広場
拝殿内部
拝殿内部

旧社殿が保存されている。

「高生神社・清水神社改築寄進芳名」の額が掛けられている。氏子にとっては高生神社と清水神社の社殿のようです。
境内社
境内社

宮形神社・天満神社
境内社
境内社
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