郡山八幡神社
こおりやまはちまんじんじゃ

旧社格  郷社
所在地
奈良県大和郡山市柳4丁目25

御祭神 主祭神 誉田別命 (ほんだわけのみこト)
比売大神 (ひめのおおかみ)
気長足姫命 (おきながたらしひめのみこと)
末社祭神 菅原道真公 (すがわらみちざねこう) 菅原神社
大日霊貴命 (おおひるめむちのみこと) 神明神社
春日四柱神 (かすが4はしらのかみ) 春日神社
倉稲魂命 (うかのみたまのみこと) 稲荷神社
三筒男神 (さんつつおのかみ) 住吉神社
少彦名命 (すくなひこなのみこと) 常陸神社
大物主命 (おおものぬしのみこと) 金刀比羅神社
誉田別命 (ほんだわけのみこと) 八幡神社
由 緒
材木町の南端に鎮座。ヤコウ八幡ともいう。祭神は八幡大神と比咩神。旧村社で、『続日本紀』の天平勝宝元年(749)十一月十五日の条に「於南園新宮」とあり、平城京の南にこの宮があったことになる。現在の北郡山町茶園場という説とその南方塩町にある御旅所の土地と云う説があるが明らかでない。長徳四年(998)の東大寺文書の『諸国緒庄田地目録』にこの地域に田地が開発されて薬園庄が成立しているが、当時この庄神として東大寺八幡を勧請鎮守としたと考えられる。
中世に入って当社氏人が武士化して郡山衆に組み入れられたが当社を中心とした薬園村が崩壊した後も氏人衆によって当社が守護奉斎された。特に宮座筋のうち一﨟から六﨟までを宮本刀禰と称した。元禄十七年(1704)の『正八幡之尊容於楽園宮起因』(当社蔵)には材木・矢田・茶・堺の各町の氏人が禰宜職に就いていたと記している(『奈良県の地名』)。
本殿は一間社隅木入春日造檜皮葺で、県指定の重要文化財。
神社の西にある楽園寺(真言宗)は元和年中(1615-24)の創建と伝えられ、かって当神社の神宮寺であった。
     -奈良県史(神社)より-


神社入口

柳4丁目の通りに面している

鳥居と門

境内
正面は拝殿

拝殿

拝殿の右側

境内社が並んでいます

境内社

左側奥から
常陸神社
住吉神社
春日神社
菅原神社
奥の鳥居は稲荷神社

境内社

左側
金毘羅神社
右側
神明神社

本殿

本殿

本殿

稲荷神社
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