法然院
ほうねんいん

浄土系の独立寺院
所在地
京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町

御本尊 恵心(源信)作と伝える阿弥陀如来と浄教寺の旧本尊
正式名称 善気山 法然院 萬無教寺(ぜんきさん ほうねんいん ばんぶきょうじ)
由 緒
東山の支峰、善気山の山麓に位置する浄土系の独立寺院。善気山と号し、正式には本山獅子谷法然院と称する。善気山万無教寺ともいう。
この地は建永元年(1206)法然が弟子の住蓮・安楽と六時礼讃を勤めた所と伝え、寛永年間(1624-44)京都知恩院満誉の弟子で京獄浄教寺(現京都市下京区)の住持道念が旧跡を探り、閑居して法然院と名付けたという(山城名跡志)。しかし道念の没後は荒廃、延宝八年(1680)知恩院の万無心阿と弟子の忍徴が中興した(東西暦覧記)。元禄十六年(1703)には鹿ヶ谷村(現左京区)有山林の善気山・多頭山が寺地として寄進され、境内は東西40間・南北50間、30石の朱印地が与えられていた(京都御役所向大概覚書)。浄教寺の旧本尊および恵心(源信)作と伝える阿弥陀如来を本尊とし、方丈は後西天皇の皇女誠子内親王の御座所を移したといい、上之間・次の間に描かれる桃山時代の金色著色桐ニ竹図・若松図・槙ニ海棠図(以上十四面、付金地著色松図一双)は国指定重要文化財。境内には近江石塔寺(現滋賀県蒲生町)の三重塔を模した阿育王塔が建ち、九鬼周造、内藤湖南、河上肇などの墓もある。また庭園の善気水とよぶ泉は忍徴が錫杖で刺したところ湧き出たと伝え、甘味があって茶水に適し、洛中名泉の一つ。
-寺院神社大辞典より-

浄土系の単立宗教法人(宗派の組織に属していない寺)
銀閣寺から哲学の道を南に少し来たところで、静かな寺院です。


南門からの境内

池と南門

石塔
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