貴船神社
きふねじんじゃ

旧社格 官幣中社・二十二社・式内名神大社
所在地
京都府京都市左京区鞍馬貴船町180

御祭神 主祭神 高龗神 (たかおかみのかみ) 本宮
磐長姫命 (いわながひめのみこと) 結社(中宮)
闇龗神 (くらおかみのかみ) 奥宮
本宮内
末社祭神
猿田彦命 (さるたひこのみこと) 白髭社
木花開耶姫命 (このはなさくやひめのみこと) 牛一社
罔象女命 (みずはめのみこと) 川尾社
大比古命 (おおひこのみこと) 鈴鹿社
氏子の祖霊 (うじこのそれい) 祖霊社
奥宮内
末社祭神
味耜高彦根命 (あじすきたかひこねのみこと) 吸葛社
大山咋神 (おおやまくいのみこと) 日吉社
五十鈴姫命 (いすずひめのみこと) 鈴市社
境外
摂末社祭神
宇賀魂命 (うかのみたまのみこと) 楫取社
木花開耶姫命 (このはなさくやひめのみこと) 梅宮社
下照姫命 (したてるひめのみこと) 白石社
大国主命 (おおくにぬしのみこと) 私市社
少彦名命 (すくなひこなのみこと) 林田社
由 緒
気生嶺、貴布祢、木船、黄船、貴船と諸書に見える。明治四年[貴船]と太政官達を以って御治定(天皇がお決めになること)に預かる。
鴨川の上流、貴船鞍馬の山峡幽邃の地に鎮まります。神代の昔貴船山に御降臨、御社殿創建の年代不詳ながら、伝説では1600年前とある。第四十代天武天皇の白鳳六年(凡そ1300余年前)御社殿造替えの社伝があり、日本後紀に、藤原伊勢人が東寺造営の任に当たった時、霊夢に貴船大明神あらわれて、鞍馬寺建立の御託宣ありと記されている。第七十代御冷泉天皇永承元年水害、天喜三年四月(1055)現在地に奉遷し、元の処は奥宮として奉斎す。
第五十二代嵯峨天皇弘仁九年大社に宣せられる。延喜の制には名神大社に列し、四度の官幣に預かり、二十二社(皇室が特別大切にされた神社)に列す。祈雨八十五座の一つとして、奉幣には別に祈雨に黒馬、祈晴に白馬を添えられた。明治に至っては、官幣中社に列せられた。
弘仁九年従五位下に叙せられ、霊験著しく漸次進めて、崇徳天皇保延六年には正一位に昇叙せられた。
五風十雨そのよろしきを以って、皇室の隆昌、国家の豊穣と国民の安寧を願うを第一儀とし、一月初辰大祭、三月九日雨乞祭、六月一日例祭(貴船祭)、七月七日貴船の水まつり、十一月七日御火焚祭を始めとして、年中水恩感謝、水恵垂与祈念の祭儀を行う。全国から多くの参詣者で賑わう。


二の鳥居

裏参道

山門

新しくなった拝殿と本殿

中宮にある案内板

結社(ゆいのやしろ)

(中宮)御紳祭 磐長姫命 (縁結びの神として名高い)
瓊々杵尊が磐長姫、木花開弥姫姉妹の内、妹姫を娶られたので磐長姫は「我ながくここにありて縁結びの神として世人の為に良縁を得させん]と言われた処から結社として斎まつられる。縁結びを願う人は、昔では境内の長い草を、今では『結び文』を結び合わせて奉納祈念すると、霊験あらたかで願事が叶い生涯の幸福が得られる。又男女間の縁のみならず、人と人との縁を結ぶにも、霊験ありと伝う。まず本社に、次に奥宮に、そして結びとして中宮『結社』に参拝する『三社詣』が古くより盛んである。

和泉式部の歌碑

結社の横にあります。
中宮から奥宮への参道

奥宮入り口の門

奥宮境内

右側の建物が拝殿

奥宮境内

奥宮本殿

日吉社

奥宮境内の社

貴船神社の最寄り駅
(貴船口駅)

一の鳥居

貴船口駅の少し南側、貴船側の左岸にある。

貴船口駅から貴船神社の間に鎮座の梶取社
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