春日大社
かすがたいしゃ

旧社格 官幣大社・式内名神大社・二十二社・勅祭社
所在地
奈良県奈良市春日野町160

御祭神 主祭神 武甕槌命 (たけみかづちのみこと) 第一殿
経津主命 (ふつぬしのみこと) 第二殿
天兒屋根命 (あめのこやねのみこと) 第三殿
比売神 (ひめがみ) 第四殿
摂社祭神 天押雲根命 (あめのおしくもねのみこと) 若宮神社
御由緒
今から千ニ百年ほど昔の奈良時代、時の朝廷は各地方の氏族が信仰する神々を廃せず、天皇自らが宮中で共にお祭りを奉仕されるという世にも稀な方法で全国を統一なされました。相手を滅ぼさず、神々を共にお祭り申しあげる共生という姿で全国に共通の本当の新道と伝統を広め伝えてこられたのです。また、人口数十万の大都市平城京では水の確保が大きな問題となります。生物に生きる力を与え、全てのものを清める力をもった水は不可欠でありました。
当社第一殿の武甕槌命様と、第二殿の経津主命様は共に、天照大神様の御子孫が高天原から天降りをなされるのに先立ち、大国主命様はじめ多くの神々と和平を結ぶ大功のあった尊い神々であり、関東の利根川のほとりの鹿島神宮と香取神宮に大変お力の強い神様として、また水を治める霊験あらたかな神様としてお祀りされていました。第三殿の天兒屋根命様は、天の岩戸にお籠りになった天照大神様にお出ましを願うべく、お祭を行われた祭事(政治)の神様で、河内国枚岡神社に比売神様と共にお祀りされ、西日本に広く信仰されていました。この四柱の神々を神護景雲二年(七六八)御託宣(おつげ)により最もふさわしい場所を選んでお祀りし奈良の都を治め、ひいては日本全国を治めようと始めて創建されたのがこの春日大社なのです。また、平安時代には水を司るに絶大なるお力を発揮される天押雲根命様を若宮神社にお祀りして五穀豊穣と大和国の安寧を祈りました。
以来、神様の気を枯らすような行いをしないようにケガレを厳重に祓ってお祀りを奉仕し、国中の平和を保って、海川さんや各地から取れるものを欠かすことなく心を込めてお供え致して日々日本の国はもとより、世界の平和と人類の幸福をお祈り申し上げております。

中院・内院 穴栗神社・風宮神社・岩本神社・椿本神社・多賀神社・内院末社・榎本神社
春日若宮神社 若宮神社・広瀬神社・葛城神社・三輪神社・兵主神社・南宮神社・三十八所神社・佐良気神社・宗像神社 ・金龍神社・紀伊神社・夫婦大國社
水谷神社 水谷神社・一言主神社・総宮神社・本宮神社遥拝所
釆女神社 釆女神社
手力男神社 手力男神社
拍子神社 拍子神社
浮雲神社 浮雲神社・天神社・愛宕神社・聖明神社
野上神社 野上神社

御間道

南門から若宮への参道御間型灯篭が左右に並んでいます。

南門

南楼門

幣殿・舞殿

出現石

この石は太古の昔、神様の憑代として祀られた「磐座」或いは赤童子(春日若宮御祭神)がこのところより現れたと言われる「出現石」また宝亀三年(七七ニ)の雷火で落下した社額を埋納したと伝えられる「額塚」等、諸説のある神石です。
-立て札より-南門の前ですが南門が目立つので見逃しそうになりました

朱の回廊

石灯篭と朱の回廊

清浄門

内侍門

内侍門

御間道

南門から若宮への参道
御祭神
瀬織津姫神(せおりつひめのみこと)

由緒
神護景雲四年(770)御鎮座と伝えられる古社年々の大祓式、春日祭における勅使の祓などは全て当社前で執行される。
御紳徳
祓の神に坐す。自らが犯した罪はもとより、知らず知らずに犯した罪をも心から悔い、改めて祈る時罪穢をお祓い下さる神である。ご参詣の方は手水後、まずこの御社に参拝し心身を清浄にして本社へ進まれたい。


二の鳥居の手前左側に鎮座
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