枚岡神社
ひらおかじんじゃ

旧社格 官幣大社・河内国一宮・式内名神大社
所在地
大阪府東大阪市出雲井町7-16

御祭神 主祭神 天児屋根命 (あめのこやねのみこと) 第一殿
比賣御神 (ひめみかみ) 第二殿
武甕鎚命 (たけみかづちのみこと) 第三殿
斎主命 (いわいぬしのみこと) 「経津主命」 第四殿
摂社祭神 天押雲根命 (あめのおしくもねのみこと) 若宮社
末社祭神 天津神 (あまつかみ) 天神地祇社
国津神 (くにつかみ)
由 緒
奈良から生駒山の暗峠を越えて真直ぐに西へ降った古い街道、山麓近くに朱の春日造の社殿が西向きに鎮座し、神社の主神は天児屋根命即ち我国の祭祀の始めを掌り給い、中臣・藤原氏の租紳であり、春日大社の第三殿(天児屋根命)と第四殿(比賣御神)の神は、神護景雲年間(西暦767~770)に当社から春日神社へ分祀せられた為、当社を元春日と呼び習わして来た。因に、当社の第三殿・第四殿の二紳は、宝亀九年(778)春日大社から迎えて配祀せられた。神階は次第に昇り、貞観元年(859)には正一位に叙せられ、『延喜式』には名神大社に列した。古くから中臣氏の一族平岡連の斎く社であったが、平安末期から水走家が祀職となり、河内一の宮として朝野から篤く祀られた。天喜四年(1056)・宝治元年(1247)・天正二年(1574)と度々火災に遭い、慶長七年(1602)豊臣秀頼が社殿を修復した。現社殿は文政九年(1826)氏子の総力を挙げての修造である。社領は百石を有した。
明治四年官幣大社に列し、神宮寺等が廃された。本社四殿の他に、本殿背後の神津嶽に摂社神津嶽本宮、本殿南に摂社若宮神社更に南に末社天地地祇社が祀られ、その南部一帯は「 牧岡神社梅林」として春は観梅の人達で賑わう。
     -神社しおりより-


近鉄奈良線の枚岡駅を下りてすぐの階段この駅は枚岡神社参拝用には最適で、改札を出るともう参道に出る。

社殿下

拝殿横からの本殿瑞垣

本殿

若宮社

白水井

末社 天地地祇社

拝殿

駅前の石碑

駐車場と鳥居
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