都祁山口神社
つげやまぐちじんじゃ

旧社格 指定村社・式内大社
所在地
奈良県天理市杣之内町東垣内896

御祭神 主祭神 大山祇命 (おおやまつみのみこと)
久々廼知命 (くくのちのみこと)
波爾屋須命 (はにやすのみこと)
末社祭神 素戔嗚命 (すさのおのみこと) 素戔嗚神社
市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと) 厳島神社
由 緒
集落の東方山麓に鎮座の旧指定村社。
『大和志』には都祁山口神社として『延喜式』神名帳登載の大社に列し、月次、新嘗の官幣に預かり、貞観元年(859)正月正五位下に叙とある。因みに山辺郡都祁村小山戸にも同名の社があり、式内大社として二説ある。
江戸期には白山権現と称し、若宮を牛頭天皇と呼んだ。現境内に素戔嗚神社があるところから、当社は旧名を白山権現と称したとも見られる。当社安政二年(1855)の宮座文書の『白山大権現立願状』に神宮寺の記事がある。『大和志』には水口明神と称すとあり、明治十年の調書にも同じ記事がみえる外、「但神殿無之」とある。都祁山口神社へは天平二年(730)神戸租稲百四十六束を祭紳料に充てられ(正倉院文書)、大同元年(806)紳封一戸を充てられている。
     -奈良県史(神社)より-

杣之内町集落の東方山麓に鎮座し、大山祇命・久久廼知命・波爾屋須命を祀る。旧村社。『大和志』は「貞観元年正月授正五位下、在山口村、今称水口明神」とみえ、『延喜式』神名帳の山辺郡「都祁山口神社(大 月次新嘗)」にあてるが、奈良県都祁村小山戸にも同名社があり、式内社については両説ある。江戸時代の座帳(宮座文書)によると、当地山口村の氏神は白山権現とあり、若宮は牛頭天王と記す。当社の境内社に素戔嗚神社(牛頭天王)がある所から、白山権現は当社の旧名と考えられる。安政二年(1855)の白山大権現立願状(同文書)に神宮寺の記載があり、宮寺の存在もうかがえる。『大和志』にみえる水口明神については不明。当社南西約600メートルに小字大水口がある。なお参道脇にある薬師堂(旧内山唯心院持仏堂)には大水口の北隣小字焼戸畑にあった薬師堂の本尊薬師如来像を安置される。同像は火災で焼けてはいるが平安後期のもの。
     -寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-


神社入口
鳥居の扁額

境内奥に社殿

拝殿

本殿

都祁山口神社の石燈籠
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