山辺御県坐神社(井戸堂)
やまのべみあがたにいますじんじゃ

旧社格 指定村社・式内社
鎮座地
奈良県天理市井戸堂町大門

御祭神 主祭神 建麻利根命 (たけまりねのみこと)
末社祭神 武甕槌命 (たけみかずちのみこと) 春日神社
市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと) 厳島神社
由 緒
式内の古社で寛弘四年(1007)関白藤原道長が吉野金峰山詣での途中、ここで宿泊したなど、かつては社勢も盛んで会った。
境内の観音堂には十一面観音立像が(重要文化財)祀られている境内社に春日神社、厳島神社が祀られている。
     -境内の案内板より-

中ッ道に面して鎮座。祭神山辺御県神。旧村社。「大和志」は「延喜式」神名帳山辺郡の「山辺御縣坐神社(大 月次新嘗)」に比定するが、天理市別所町にも同名社がある。山辺御県は「延喜式」祝詞にみえる古代皇室料である大和六縣の一で、当社を中心として現天理市には西井戸堂町にアカタ、合場町に北田部・南田部、吉田町にミクリ、富堂町に三宅、東井戸堂町にアカタの小字や、田町・田井之庄町・田部町があり、この一帯に山辺御県が存在した可能性が大きい。山辺御縣坐神社はその守護神と考えられ、天平二年(730)神戸の租稲272束のうち4束が祭神料にあてられ(「大倭国正税帳」正倉院文書)、大同元年(806)大和国に紳封二戸を有し(新抄格勅符抄)、天安三年(859)1月27日に従五位下より従五位上に進叙(三代実録)。当社は近世には白山権現と称し、東西両井戸堂村の氏社であった(「西井戸堂村明細帳」西井戸堂区有文書)。寛弘四年(1007)八月四日に藤原道長が一泊した井戸堂は(御堂関白記)、当社境内の妙観寺観音堂と思われる。妙観寺は往時の神宮寺で、国指定重要文化財の藤原期の木造十一面観音立像を本尊とするが、神仏分離により廃寺となった。
      -寺院神社大辞典(大和・紀伊)より-

主要祭典 祈年祭 二月 日
例祭 十月十五日
生産感謝祭 十一月 日

鳥居と社標

中央奥に見えるのが観音堂です

境内の案内板

拝殿

本殿

境内の万葉歌碑
inserted by FC2 system