天石立神社
あめのいわたてじんじゃ

旧社格 村社・式内社
所在地
奈良県奈良市柳生町789

御祭神 天照大御神 (あまてらすおおみかみ)
豊磐間戸命 (とよいわまどのみこと)
櫛磐間戸命 (くしいわまどのみこと)
天磐戸別命 (あまのいわとわけのみこと)
由 緒
柳生戸岩谷の天乃岩立神社は、延喜式神名帳に記載されている式内社である。延喜式は一千年前延長年間に撰せられたもので、その神名帳には、全国の官国弊社2132座を記載しているが、戸岩谷の天乃岩立神社も、小社としてその中に加わっている。天乃岩立神社の祭神は、天照大御神、豊磐門戸命、櫛磐門戸命、天磐戸別命となっているが、神体は扉の形をした巨岩(花崗岩)、前伏盤、前立盤、後た盤の三つに割れている。前立盤は高さ六メートル幅七.三メートル厚さ一.二メートルあって、全体が扉の形をしている。
伝説によると、神代の昔、高天原で手力雄命が天岩戸を引き開けたとき、力余ってその扉石が、虚空を飛来し、この地に落ちたのだという。虚岩崇拝の好適例で、古来土地の人達の信仰は深く強いものがあった。正保二年(1705)柳生宗弘(のち藩主俊方)は、能舞台を建て石燈籠を寄進し、寛保二年(1742)藩主俊平も、石燈籠を寄進している。
     -境内の案内板より-


参道の鳥居

芳徳禅寺から天岩立神社へ歩いて約十分位。鳥居を過ぎると、右側の谷に巨石がごろごろという感じであります。

拝殿の案内板

御神体の磐

社殿

ここにあの舞舞台(八坂神社の拝殿)が、あったと思うと柳生家が、いかにこの神社を崇拝していたかわかる気がする。

一刀石(いっとうせき)

この大きな岩は、花崗岩ですが中央で見事に割れています。
一説によると柳生紳陰流の始祖柳生宗厳(石舟斎)が天狗を相手に剣の修行をしていて、天狗と思って切ったのがこの岩だったと伝えられている。
ー立て札よりー

御神体の磐
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