丹生官省符神社
にうかんしょうぶじんじゃ

旧社格 郷社
世界文化遺産
慈尊院 丹生神社
所在地
和歌山県伊都郡九度山町慈尊院835番地

御祭神 主祭神 丹生都比賣大神 (にうつひめのおおかみ) 第一殿
高野御子大神 (たかのみこのおおかみ)
天照大御大神 (あまてらすおおみのおおかみ)
大食都比賣大神 (おおげつひめのおおかみ) 第二殿
誉田別大神 (ほんだわけのおおかみ)
天児屋根大神 (あめのこやねのおおかみ)
市杵島比賣大神 (いちきしまひめのおおかみ) 第三殿
末社祭神 雨宮神社・丹生神社・厳島神社・厳島神社・飯炊神社 合祀社
金刀比羅神社・子守神社・早苗降神社・八王子神社
稲荷神社・天満神社・伊勢神社・蛭子神社・大黒天神社
由 緒
当神社の草創は古く、弘仁七年(816)弘法大師(空海)によって創建されたお社であります。高野登山は当神社にて登山の奉告(報告)と道中の安全を祈願しましょう。
空海(弘法大師)は、真言密教修法の道場の根本地を求めて東寺(京都)を出立ち各地を行脚され途中大和国宇智郡に入られた時、一人の気高い猟師に出会い高野という山上の霊地のあることを教えられました。
猟師は従えていた白・黒二等の犬を放たれ空海を高野山へと導かれました。此の処は実に天下無双の霊地であり、空海は、此の処を教えくださった猟師は、神様が姿を猟師に現し狩場明神となり信託として一山を与え下さったものであると想念の内に感得されたのでした。狩場明神の尊い導きにより開山することができた高野山金剛峰寺。仏教・真言密教の布設の基となった狩場明神との運命的な出会い。空海はその思いを政所として慈尊院を開いたとき、参道中央正面上段に丹生高野明神神社(現丹生官省附神社)を創建奉祀され、諸天善紳への祈願地として此の地を天と神に通じる地、即ち神通寺の壇とし、慈氏寺の壇と併せて萬年山慈尊院と称されました。弘法大師によって創建鎮座爾来、御社号も丹生高野明神社、丹生七社大明神、丹生神社、丹生官省附神社と変遷し、県内外を問わず尊崇を受け官省附荘(荘園)の総社として栄えました。紀伊名所図絵(天保年間)では、数多くの御社殿等が並び荘厳を極めていましたが明治維新後、神仏判然令(神仏分離令)等により多くの建物は取り除かれ、天文十年(1541=室町時代)に再建された本殿の内、三棟(国指定重要文化財)が往年の姿をとどめ今日に至っています。
     -神社案内書より-


鳥居と拝殿

境内は、思った以上に広い

拝殿

この奥に、極彩色の春日造りの本殿が並んでいるのが想像できない。

慈尊寺

境内からの参道多宝塔の横に高野山町石道で高野山参拝の出発点だったようです。

神社参道(石段)

右側の石塔が180町石、横に丹生官省附神社の由緒説明版がある。石段は、119段あるそうで、「祈念坂」とも言われている。

本殿

最近補修されたのか桧皮葺の屋根もきれいだ。

本殿

狩場明神と空海との出会いの図
拝殿に掲げられていた

拝殿内部

境内社の招魂社

本堂

弥勒堂
(重要文化財)

本尊の木造弥勒菩薩坐像(国宝)が安置されている。

鬼子母神堂と弘法大師堂
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