十二社神社
じゅうにしゃじんじゃ

旧社格 無格社
所在地
奈良県吉野郡吉野町樫尾字下垣内124

御祭神 国常立命 (くにとこたちのみこと) 十二社大明神
国狭土命 (くにさづちのみこと)
豊斟渟命 (とよくねのみこと)
泥土煎命  (ういじにのみこと)
大戸道命 (おおとのじみこと)
面足命 (おもたるのみこと)
伊邪諾命 (いざなぎのみこと)
天照大神 (あまてらすおおみかみ)
正哉吾勝々速日天忍穂耳命 (まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
天津日高彦火瓊々杵命 (あまつひだかひこほににぎのみこと)
彦火々出見命 (ひこほでみのみこと)
彦波瀲武鸕(茲鳥)艸葺不合命 (ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
由 緒
当社地には別に式内川上鹿塩神社と、大倉大明神が鎮座されていたが、全社は五社峠の地へ再祠し後社は南国栖の深山へ遷座した。創立は定かでないが村社十二社神社の正遷宮は、明治三十五年五月二十一日に行われたことが棟札により確認されている。
例祭は毎年十一月二十三日・春祭は四月三日・夏祭は七月九日に執り行われている。
また境内に建立されている石灯篭は、正徳五年(1715)・寛政九年(1799)同十三年(1801)・弘化三年(1846)・明治二十七年(1894)また御大典記念として、昭和三年(1928)にそれぞれ一対づつ、更に明治二十七年(1894)には狛犬一対を寄進せられておりこれらの年号は、当神社の連綿とした歴史の流れを如実に物語っている。
なお境内入口には、昭和五十七年四月二日奉納の大鳥居と平成四年十一月寄進(寄進者名 社務所内掲示)の青御影石の社標と白御影石の玉垣が一段と当社に荘厳さを添えている。特に当社には、毎年十月十六日に宮座という神事があり、これは次代を担う子供たちの成長を祈願する意味から、神前に神酒と鯖十二匹(十二社大明神 天神七代・地神五代)を献上し社務所において子供相撲を奉納する習わしが、古代より受け継がれ現在に至っているのは、この近辺では珍しい神事では無いかと特筆に価するものである。(一九九八、一一吉祥日)
     -境内の案内板より-


神社正面

社澱
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